孤高のパエリア〜スペイン料理店 Arroceria Sal y Amor(東京・代官山)
孤高のパエリア〜スペイン料理店 Arroceria Sal y Amor(東京・代官山)
はじめに
スペイン料理というと何をイメージするだろう。
ピンチョス、ハモンセラーノ、アヒージョ、トルティージャなど
スペインバルに行くと日本でもスペイン料理が楽しめる。
パエリアもスペインを代表する料理のひとつで、日本でもポピュラーになった。
バルセロナのように地中海に面したスペインの街をもっとも表しているのが、このパエリアであると私は思う。
お米と一緒に炊きだした魚介のエキスをお米自体が吸い込んで、エビやイカ、ムール貝や白身魚を一粒のお米に閉じ込めている料理、それがパエリアだからだ。
数年前に旅行でスペインに行った私が今でも鮮明に覚えているもの。
バルを数件ホッピングして楽しんだビールとハム、ピカソの大作・ゲルニカ、地下鉄駅から地上に上がって目に飛び込むサクラダ・ファミリア、そしてバルセロナの海辺のオープンなレストランで陽気なヒゲのおじさんにサーブされて出てきたパエリアの味。
家庭でも作れる!という方もいるだろう。実際料理の工程は複雑ではない。
ただやはりバルセロナで食べるパエリアと、家庭や一般的なレストランで作られるそれとは、味がまったく違うのだ。
繰り返しになるが、決して旅先だから贔屓目に見るのではなく、本当に味が違うのだ。
工程や材料のどこに違いがあるのかは私には分からない。
その代わりに日本でも食べられるスペインのパエリアをご紹介したい。
代官山のスペイン料理店 Sal y Amor とは
紹介したいスペイン料理店・”Sal y Amor”は代官山から少々歩いたビルの地下にある。
店内はあまり広くなく、カウンター席も含めたキャパシティは30席あるかないかだ。
一歩店に足を踏み入れるだけで引き込まれてしまう。実はオープンは2012年とそこまで古くからある店ではないが、まるで古めかしく重厚なスペイン市街にあるレストランのようなたたずまいを持っている。
インテリアや照明で見事な雰囲気を作っているのだと思う。
Sal y Amorとはスペイン語で"塩と愛情"を意味する。
料理に心を込めて与えるべき2つの最も大切な調味料として名付けられた店だ。
スペインレストランの種類としてArroceria(アロセリア)を店名の前に冠している。
これはスペインでは「米料理専門店」という意味だ。スペインではレストランガイドでも見かける呼称だが、知る限り国内でアロセリアを標榜している店はここのみだと思う。
パエリアを店の要としているSal y Amorは、国内では孤高の存在といっても過言ではなかろう。
親子鷹
Sal y Amorのオーナーであるビクトル・ガルシア氏は本稿執筆時点で30代後半のイケメンだ。
一度店で話せば二度目は渋谷の街中でのすれちがいだったとしても気付くくらい整った顔立ちだ。
これはうろ覚えだが雑誌のモデルなどの経験もあると記憶している。
そんな彼の店は甘いマスクとは裏腹に、うなる豪速球のような本格的なスペイン料理を出す。
まるでスペインを知らないスペイン料理店は摩擦熱で焦げてしまえと言わんばかりの気概が伝わってくる。
彼のお父さんのビセント・ガルシア氏は青山でスペイン料理店"エル・カスティリャーノ"を1977年から営む古都トレド出身のスペイン人だ。
日本で最初のスペイン料理店とも呼ばれており、私の両親はそちらでスペイン料理を楽しんだクチである。
ビクトル氏は日本に根を下ろし、青山から本当のスペイン料理を発信することをライフワークと定めたお父さんのもとで成長し、一緒にスペイン料理店を切り盛りした後に独立した。
ビセント氏が青山に蒔いたカーネーションの種が、代官山で花を咲かせたと言ってはビクトル氏に叱られるのであろうか。
ビクトル氏自身の矜持が一品一品から十分に伝わることは間違いないが、この親にしてこの息子あり、とも言える本格的な店で本格的な料理を提供しようという一本気を青山と代官山から感じざるを得ないのだ。
一口で地中海を感じる食事を体験してみてほしい
メニューは豊富でタパスからサラダ、肉料理、魚料理と本格的なスペイン料理がひととおり揃う。
それらの一品一品が本場スペインならではのレシピであることを感じさせる。
これはこの店を訪ねるたびに思うことだが、2人よりは3人、3人よりは4人で誘い合わせて行くことをお勧めしたい。いろいろなメニューを楽しみたいと誰もが感じてしまうからだ。
カヴァやワインも種類が豊富で、デイリーワインのグレードからハレの日にコルクを抜くべき特別な一本まで、ゲストのTPOに合わせたリストを持っている。
その中でも必ずオーダーしたいのはやはりパエリアだ。
パエリアは本場スペインでも魚介だけのメニューではなく、この店でも同様に野菜のパエリア、ウサギと鶏肉のパエリアと気分や好みに合わせたバリエーションを持っているが、ここでは敢えて魚介のパエリアとイカ墨のパエリアをお勧めしたい。
これはこの店に限ったことではないがパエリアは底の浅い大きめの鉄鍋で提供され、オーダーが入ってから米と具材の炊き出しを始めるためテーブルに運ばれるために時間がかかる。
つまり一回の訪問で3品も4品もオーダーできるシロモノではないのだ。
魚介またはイカ墨をオススメするのもまさにそれが理由で、まず初回の訪問では王道を楽しんでもらいたいのである。
提供されたパエリアを一口・二口と食べ進めて、ついにはあんなにたくさんあった鉄鍋の上の米粒がなくなってしまった時の感想は、ご自身が実際に訪問したときに感じていただきたい。
ただひとつ、一口・二口を食べたら誰しもが体験するであろう口の中に広がる地中海は、この場で約束しても構わない。
日本人がイタメシブーム以降覚えた「アルデンテ」についても、もっと本格的かつ絶妙なお米の芯の残り方から、この店で我々はさらに勉強することになる。
毎年毎年ミシュランガイドでビブグルマンとして選ばれる理由を知るにはパエリアの一皿で十分なはずだ。
最後に
現在、ビクトル氏は店舗を銀座にも構え、いよいよ日本におけるスペイン料理店の一丁目一番地の座をお父さんと一緒に揺るぎないものとしている。
ご本人はとても気さくで話のしやすい好青年で、例えば代々木公園で不定期開催されるスペインフェスなどでは、出店しているブースへの呼び込みで見かけることもある。
スペインの地で心のこもった和食をスペイン人に提供したい、と考えるといかに大変なことか多少のイメージもつくのではないか。
こうして揺るぎない信念を持って親とその息子が私たちの舌に喜びを与えてくれることに、私は感謝と敬意をもって本稿の執筆を決めたのだ。
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