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ボイストレーナーへの道のり ⑧ ブライダルシンガー(前編~詐欺事務所からのスタート~)

ボイストレーナーへの道のり ⑧ ブライダルシンガー(前編~詐欺事務所からのスタート~)


1) 音楽事務所のオーディション
 
JAZZのオーディションの時は、軽く腕試ししてやろ、くらいの気持ちでした。

今度の音楽事務所のオーディションは、【テレビ出演等有】などと書かれていて、歌唱力だけでなく、ルックスやタレント性なども加味されるかもしれない、と思いました。

自分にそういう世界でやってゆく実力や魅力はあるのか少し不安になりました。
 
それでも、今はそれよりリアルに音楽の仕事がほしいと思いました。


そして、オーディションの当日。

会場には20人ほどの人が集まっていました。
 
始めに、代表の怖そうな女性の方が話をされました。
 
「演奏能力の高さだけでなく、現場で必要とされる臨機応変な対応力も審査に入ります」
 
結婚式で演奏する時は、新郎新婦が高砂に到着したら、曲の途中でもキレイにエンディングに繋げなくてはいけません。

代表がいくつかのパターンをデモンストレーション(エレクトーン演奏)されました。


正直、自分にはあまりピンと来ませんでした。

まず、「なんで結婚式の話?」と思いました。

あとで分かったことですが、この事務所では結婚式で歌う仕事以外ありませんでした汗
 
また、これまではいかに途中できれいに終わるかなんて考えたこともありませんでした。

代表の方が話す内容は言葉として理解できましたが、あまり実感を伴うものではありませんでした。


代表の荒々しいデモの後、いよいよオーディションが始まりました。
 
ボクは、誘ってくれたピアニストの伴奏でホイットニー・ヒューストン『The Greatest Love Of All』を歌いました。
 
 
やがて全員の演奏・歌唱が終わり、間もなくその場で審査結果が発表されました。
 
審査結果ははAからEまで5段階あると知らされました。
 
A 即戦力として合格
B 若干の研修(現場の対応の仕方など)が必要だが合格
C, D 当事務所のレッスンを受けて演奏能力や対応力を付けて現場にも徐々に出てもらうという育成合格

E 不合格
 
というものでした。
 
 
結果は、

なんと、
 
ボクは参加者の中でただ一人、Aの即戦力合格を頂きました。
 
一緒に参加したピアニストの彼は、同じくただ一人のB合格で、残りの十数名は、みんなCかDの合格で、Eの不合格になった人は一人もいませんでした。
 
つまり、
 
A 1人
B 1人
E 0人で、

それ以外の人は全員レッスンが必要な育成合格(C,D)という結果でした。
 
その後、所属するのに入所金がかかること、レッスン費用が月に2~3万円いるなど具体的な話が次々と出てきました。
 
……これって、ひょっとしてヤバイやつかな……。

おそらくその場にいた人は全員感じていたと思います。

ボクもそう感じました。
 
その日は説明だけで所属するかどうかはまた各自で考えて返事をして下さいということで、事務所を後にしました。
 
その足でピアニストの彼と近場のカフェに入り、話をしました。
 
 
ピアニスト「何あれ?完全ヤバいやつやんな!?」
 
ボク   「確かに怪しすぎるな……。がっかりやわ…。」
 
ピアニスト「植村はどうすんねん?オレはやめとくけど」
 
ボク   「う~ん。どうしよっかな……。やばいかもやけど他になんのアテもないし入所金もレッスン代もかからへんし、ほんまヤバイって思うまで行ってみよっかな……。」
 
ピアニスト「マジかっ!?気をつけなあかんで!」
 
ボク   「ありがとう。なんかあったらすぐやめるわ」
 
 
A、Bで合格した人は、入所金とレッスン代が免除で自己負担なしに所属できるとのことでした。
 
「怪しいニオイがプンプンするけど、やらへんかったらこれまでと何にも変わらないし、やってみるしかない!」

ボクはその日のうちに、この怪しいと思っている音楽事務所にお世話になることを決めたのでした。
 


(2) 音楽事務所にて
 
初めて事務所に行くと、僕以外に5名ほど来ていました。

初参加なのはボクだけで、他は前から所属している方ばかりでした。
 
いろんな説明を受けてボクもレッスンに参加することになりました。

歌のレッスンというよりは、コーラスの練習という感じでした。
 
この時期はちょうど「ハモネプ」「天使にラブソングを」をなどの影響で、アカペラやゴスペルが流行っていた頃で、結婚式でコーラスやアカペラの生演奏を入れるのが流行っていたのです。
 
ボクは譜面を初見で見ていきなり100%で歌えないので、レッスンは必要だと思いました。
 
その後、ちょこちょこ現場(結婚披露宴で歌う仕事)に出る機会を頂きました。

大阪のハイクラスホテルが会場でした。
 
伴奏はMDやカセットテープのカラオケ音源でした。

新郎新婦の入退場やケーキ入刀のシーンを歌で盛り上げるという仕事でした。
 
ギャランティは、1件6000円でした。

現場までの往復の交通費や昼食代、レッスン時の交通費、譜面代(1曲500円取られました笑)などを考えると、まあ赤字にならないかという感じでした。
 
僕以外の人は、レッスン代も払っているので完全に赤字だったはずです。
 
中には、歌手になるという夢のために思い切って仕事を辞めて所属したけど、社会人時代に貯めた貯金の200万が底をついてしまったと話す人もいました…。
 
違法なことはしてないですが、明らかに良くない事務所でした。
 
所属するタレントをしっかり育てて、いい仕事を沢山してもらって、その結果、事務所も潤うという考え方ではなく、『所属するタレントからお金を吸い上げる』という最悪のパターンです。
 
違法ではなくても、ボクの中では「詐欺事務所」だったと認識しています。
 
 
ですが、この事務所でレッスン講師をしていたH先生が、他の事務所の仕事やライブなどに声を掛けてくれるようになりました。
 
H先生はゴスペルクワイアを主宰されていました。

クワイアでリードボーカルをしている方が参加されるH先生の仕事は、音楽的なクオリティーも高く、楽しい刺激的な時間でした。

ギャランティも少し高く10000円ほどでした。
(それでもまだまだ安いです…)



そんな中、小さな出来事をきっかけに、初めの事務所を辞めると決意しました。

きっかけは代表の心無い行いに腹を立てたからなのですが、もともと事務所の体制に不満を持っていたボクには何の未練もありませんでした。

H先生経由で出会った新しい事務所さんや歌い手さんの横の繋がりなどで、どんどんといろんなお仕事をさせてもらえるようになりました。

恐らく京阪神エリアで行ったことのないホテルは無いと言うくらい本当に色んなところに歌いに行きました。
 

自分が「詐欺事務所」だと思う事務所に飛び込んだことが、ボクの歌の仕事の第一歩になりました。

生徒さんや知り合いが「この事務所に入る」といった場合、「やめた方がいいよ」と強めにアドバイスするでしょう。
 
しかし、運命というのは、意外と思い付きもしないところから広がってゆくものかもしれない、と自分の人生を振り返っていつも思うのでした。



ボイストレーナーへの道のり ⑨ に続きます。

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同志社大学法学部政治学科を卒業。数々のプロミュージシャンを輩出しているAN MUSIC SCHOOLのVOCAL科を特待生にて修了する。
AN在学時から数々のステージを重ね、メジャーアーティストのコーラスやCMのレコーディングなど 多岐にわたる活躍をする。
同音楽学校にてボイストレーナーとしてのキャリアをスタートした後、自己の歌唱技術の研鑽の意味も 含め、全国の優れたボイストレーナーに師事し、 独自の発声のノウハウを構築。現在に至る。
発声の医学的なアプローチも深めており、より安全で効率の良い発声メソッドを今も探求している。
レッスンは歌のみにとどまらず、役者、声優、 アナウンサー、などといった「声の表現」全般 の指導へと広がってきており、多くのプロフェッショナルたちをはじめ、多くのボイスユーザーたちから絶大な信頼を寄せられている。

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