#5【葛飾北斎】富嶽三十六景「本所立川」
#5【葛飾北斎】富嶽三十六景「本所立川」
2021/07/31 24:08 |
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皆様こんにちは!絵画インストラクターの松本です。
窓から入道雲が見えて「夏だなぁ・・・」としみじみ。
中学生の時、夏休みの自由研究で
一日一枚 空の写真を撮って
楽しかったことを思い出します。
変化に富む雲と富士山。
青空の中の富士山。
どちらも美しく
今回は「ぼかし」の表現で
青のグラデーションで
描かれているので
ぜひ堪能してください!
葛飾北斎ってどんな画家?
本所立川の材木問屋の様子が描かれています。
働く職人さんが生き生きとしていますね。
真っすぐに製材された木々は職人技!
富士山
木材を手前に配置して遠近を強調。
「木挽」または「木挽き」(こびき)の職人たち
木材を投げたところ。
木材をキャッチするところ。
大鋸(おおが・おが)と呼ばれる
大きなノコギリで製材中。
「西村置場」
富嶽三十六景シリーズの版元
西村屋永寿堂を宣伝しています。
(下総国本所割下水
しもうさこくほんじょわりげすい)
幼名は時太郎。
6歳頃から絵を描くことが好きだったと
伝えられています。
自分の生まれた場所だからこそ
木挽職人さんも見慣れていて
躍動感あるポーズを描けたのでは
ないでしょうか。
立川を流れる竪川
今回の浮世絵では
竪川と隅田川と交わるあたりが描かれたおり、
この周辺には木材問屋の材木置き場が多かったと
いわれています。
火事の多かった江戸。
「明暦の大火」以降、建て替えに備えて
木材を保管する体制が整えられたのですね。
現在の竪川
首都高速7号小松川線
二之橋跡より竪川を望む。
現在の橋は1998年に架橋されたもの。
1659年に竪川が開削されたとき
五つの橋がかけられ、
二つ目の橋という意味で
二之橋と名付けられました。
一つ目の橋「一之橋」は
現在でも地図で確認できます。
より隅田川に近いのは「一之橋」です。
「本所立川」の絵は
現在の一之橋と二之橋跡の中間あたりを
描いたと推測します。
アクセントになっています。
縦の流れが
画面の左右に配置され
臨場感がありますね!
以上「富嶽三十六景 本所立川」の解説でした。
次回は「富嶽三十六景 深川万年橋下(ふかがわまんねんばしした)」の解説です。
お楽しみに!
窓から入道雲が見えて「夏だなぁ・・・」としみじみ。
中学生の時、夏休みの自由研究で
一日一枚 空の写真を撮って
楽しかったことを思い出します。
変化に富む雲と富士山。
青空の中の富士山。
どちらも美しく
今回は「ぼかし」の表現で
青のグラデーションで
描かれているので
ぜひ堪能してください!
葛飾北斎ってどんな画家?
- 江戸本所割下水にうまれる(1760-1849)
- 浮世絵(木版画)の風景画というジャンルを築く
- 画狂老人と呼ぶほど絵に人生を捧げる
- 引っ越し93回!
- 金銭管理が下手で画料はほぼ借金返済に
- 全46枚!
- 当初は36枚の予定が人気が出たため10枚追加された
- 富士山を色々な場所から描く
- 鮮やかな青「ベロ藍」プルシアンブルーの使用
- 西欧諸国でジャポニスム(日本趣味)の要因となる
富嶽三十六景「本所立川」ほんじょたてかわ
本所立川の材木問屋の様子が描かれています。
働く職人さんが生き生きとしていますね。
真っすぐに製材された木々は職人技!
富士山
木材を手前に配置して遠近を強調。
「木挽」または「木挽き」(こびき)の職人たち
木材を投げたところ。
木材をキャッチするところ。
大鋸(おおが・おが)と呼ばれる
大きなノコギリで製材中。
「西村置場」
富嶽三十六景シリーズの版元
西村屋永寿堂を宣伝しています。
「本所立川」は現在の墨田区立川 北斎の生誕地!
北斎は本所生まれです。(下総国本所割下水
しもうさこくほんじょわりげすい)
幼名は時太郎。
6歳頃から絵を描くことが好きだったと
伝えられています。
自分の生まれた場所だからこそ
木挽職人さんも見慣れていて
躍動感あるポーズを描けたのでは
ないでしょうか。
立川を流れる竪川
今回の浮世絵では
竪川と隅田川と交わるあたりが描かれたおり、
この周辺には木材問屋の材木置き場が多かったと
いわれています。
火事の多かった江戸。
「明暦の大火」以降、建て替えに備えて
木材を保管する体制が整えられたのですね。
現在の竪川
首都高速7号小松川線
二之橋跡より竪川を望む。
現在の橋は1998年に架橋されたもの。
1659年に竪川が開削されたとき
五つの橋がかけられ、
二つ目の橋という意味で
二之橋と名付けられました。
一つ目の橋「一之橋」は
現在でも地図で確認できます。
より隅田川に近いのは「一之橋」です。
「本所立川」の絵は
現在の一之橋と二之橋跡の中間あたりを
描いたと推測します。
直線を活かした北斎らしい大胆な構図
構図は画面を貫きそうなほど縦の直線がアクセントになっています。
縦の流れが
画面の左右に配置され
臨場感がありますね!
以上「富嶽三十六景 本所立川」の解説でした。
次回は「富嶽三十六景 深川万年橋下(ふかがわまんねんばしした)」の解説です。
お楽しみに!
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木挽き職人さんの様子が細やかに描かれていて、当時の仕事ぶりが分かって興味深かったです。「明暦の大火」以降に火事に備えるために、あんなにたくさん材木を保管していたのですね。勉強になりました。版元さんの宣伝にはくすり。そういう人間らしい遊び心も、見所ですね。面白い記事をありがとうございました!
45ライターチョコお茶様
41コメントありがとうございます!!いつも丁寧に記事を読んでくださって嬉しいです。「木挽き」という単語は今回の記事を書くにあたって初めて知り(笑)(^^;)大きなノコギリを使う姿がかっこいいなぁと思いました。
江戸の建物は紙が多く使われていたので火事になりやすかったそうです。なので今の建築ってありがたいです!!
(^^♪。
私も版元さんの商売魂にはクスッとしてしまいました。
おち様よりコメントいただきました!
24江戸の職人の生きの良さ、という表現がぴったりだと感じますね。たった3人しか描かれていないのに、職人たちの仕事の姿勢が伝わるようです。
江戸の街と川のイメージをあまり持っていませんでしたが、たしかに現代の東京にも小さな橋は多く、橋の名がそのまま残されていたり、こんなにも昔から存在するものであったと驚きます。江戸に火事が多い、という欠点がありながらも、材木問屋を川沿いに集めるとは、この時代を生きる人たちの知恵や発想も生きていますね。
おち様コメントありがとうございます!
27本当に木挽きの3人がイキイキと描かれていますよね!木材が空中に描かれていて、上の人が下の人へ投げている説と、下の人が上の人へ投げている説と、二つあります。私は上の人が投げているように見えるのですが、おち様はいかがだったでしょうか。
江戸時代は家は木材で、照明は植物油や魚油(ぎょゆ)、日用品は藁などを材料にするなど、知恵とエコがつまっていて勉強になります。また、材木問屋を川沿いに集めるという合理的な考え方をするのは、現代の人と通じるなぁと感じて親近感がわきます。
(^^)v
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