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起立性調節障害のある生徒との思い出

起立性調節障害のある生徒との思い出



今回のテーマは、起立性調節障害の生徒との関わりについて、生徒と先生の小さな物語を紹介します。

記事の内容は、いくつかの事例を参照してまとめた、フィクションですが、
今回は、僕のココロの友の一人である 太田実 のエッセイを、本人の許可を得て、今の僕が少し体裁を整えています。


この記事の後半に解説があります。高校の教員や、先生を目指す方や、教育に興味のある方にお届けします。



北海道高校教育学習会通信
「さくらの花の咲く頃に」(太田 実)

 


高校生にとって、5月は新しいクラスに慣れ、ゴールデンウイークによって学校生活の緊張感が緩み始める頃です。

 

担任として、生徒の変化に感度良く対応する時期でもあります。


いつも4月末から5月初めにかけて、私は、クラス全員と面談を行っています。


生徒の進路指導の一面もありますが、むしろそのような助言をすることよりも、生徒一人一人の声をくみ取れるように、私は、話しやすい場を提供することを重視してます。





ハルミさんの担任を依頼される

 

私が高校2年生の担任になるときに、
学年主任のタカダ先生からハルミさんを私のクラスで面倒を見てもらいたい、
と依頼がありました。

 

本校では毎年クラス替えをします。


原則として成績と進路希望でクラス編成を行っていました。

 

 

だから、
タカダ先生の依頼は珍しいものでした。



それは、

 

「1年生のときに宿泊研修に行けなかったハルミさんを、

 

 見学旅行に連れて行って欲しい」

 

 

ハルミさんとの関わりは、それまでほとんどなく、放送委員会でアナウンスをしている生徒、と言う程度の認識でした。

 


タカダ先生の依頼を受けて、私は、担任として関わることになりました。



タカダ先生の話では、

ハルミさんは起立性調節障害で、
大勢の人が乗っている乗り物だと次第に具合が悪くなり、
涙が止まらなくなったり、
動けなくなったりする、

などの症状が見られ、登校するときのバスの移動で、ぎりぎりの生徒とのことでした。

 


起立性調節障害とは、起立や座位で脳血流が下がり、思考力や判断力が低下する病気で、
10代前半に発病する確率が比較的高い神経症のひとつです。

 

症状も個人差があるそうで、私はハルミさんの担任をして初めてこの病気を知りました。

 

 


起立時にめまいや動悸、失神などが起きる自律神経の病気を「起立性調節障害」といいます。
小学校高学年から中学校の思春期の子どもに多く、中等症や重症の場合、朝なかなか起きられないことから不登校につながることも。
実際に不登校の子どもの約3分の2が起立性調節障害に悩まされているといわれています。
自分の意思ではどうにもならない病気のため、保護者が起立性調節障害への理解を深め、適切な治療や生活習慣の改善に取り組んでいくことが大切です。
そのほか、食欲不振や顔面蒼白、倦怠感などの症状が表れることもあります。なお、別名は
ODOrthostatic Dysregulation)といいます。
Doctors Fileより https://doctorsfile.jp/medication/481/


 

 

新学期が始まりました。

 

ハルミさんの様子に注意を払いつつも、担任としてどの生徒にも声をかけ、いつも通り面談を始めました。

 

学年主任のタカダ先生から、ハルミさんは薬を飲んでいるので、学校内の生活で問題を起こすことはないとも話をされていました。


実際のところ、4月はクラス替えの影響で

「前のクラスが良かった」

「友達と離れたことが嫌だ」

という気持ちの生徒が多く、私は、ハルミさんだけを特別視することはしませんでした。

 

 

何年も担任をしていると、「先入観」が生徒との信頼関係を作りにくくすると感じています。

 


タカダ先生からの依頼がありましたが、面談でハルミさんと話すまでは、他の生徒と同じように接していました。



 

いよいよ面談

 

「新しいクラスには慣れましたか。」

 

「どのような進路を考えていますか。」

 

「家庭学習はどれくらいしていますか。」

 

一般的な質問に対して、ハルミさんは丁寧な言葉ですらすらと答え、その後も、学習面や、課外活動のことなど、スムーズに会話が進みました。


本校は、学校行事の一つに遠足があり、クラスが一つにまとまるきっかけになる行事として位置付けられています。

 


私が、


「遠足も楽しみですね。」

 

と尋ねると、ハルミさんの目から涙がこぼれ始めました。

 

 

ハルミさんは、


「突然涙が出てきて、私は変ですよね。ごめんなさい。」

 

と私に言いました。

 

 

ハルミさんは、やや悲しそうな顔をしていますが、単に涙が止まらない、という状態に見えました。

 


私は、


「いいえ、変ではありません。
 疲れたときに涙が出ることもあるでしょう。
 私は困っていませんので、
 ごめんなさいと言わなくても大丈夫です。」

 

と答えました。

 

 


私がそう言うと、ハルミさんは笑顔になり、

こぼれた涙をハンカチで拭きながらですが、

会話を続けることができました。

 

 

ハルミさんは1年生のとき、宿泊研修に参加しませんでした。


その理由は、

 

「バスに乗っているときに涙が止まらなくなったら変な人だと思われることが嫌だった」

 

からだと教えてくれました。

 

 

私は、


「遠足のときは、バスに乗ったら私の横に座りませんか。

 

 私は、とても乗り物酔いをしやすいので、
 引率の時は、景色が見えやすい、
 一番前の席に必ず座ります。

 

 私の横であれば涙が落ちても、周りに知られることもありません。
 私は気にしませんので、クラスメートと一緒に遠足に行きましょう。

 

 バスの座席は、好きな場所に座るように、と、クラスには指示をします。

 

 ハルミさんを特別扱いしませんので、
 ハルミさんが座りたい席に座って下さい。」

 

と、誘いました。



私は、ハルミさんが、会話に戻れるまで静かに待ちました。




いつの間にか涙が収まっていました。


遠足に行けるかどうか保護者にも相談しますと、ハルミさんがそう言って面談を終えることができました。

 

ハルミさんの涙は、遠足のことを尋ねられたときに、

「行けない理由を説明しようと緊張してしまい、
 自分自身をコントロールをできなくなった。」

ようです。
また、私の問いは、ハルミさんにとって初めてのことで、驚きのあまり、やはり涙のコントロールができなかったそうです。



私の面談は、いつも三十分以上かかります。


生徒は、実は、先生に話したいことがたくさんあります。


話の始まりは、担任の私からです。


しかし、後半のほとんどは、私は聞き手になっています。

 


面談時間が一時間以上になることも、しばしば、あります。

 


ハルミさんの面談も、私にとっては「いつも通り」の面談になりました。

 

 



そして、遠足へ・・・

 

ハルミさんは何年かぶりに、クラスメートと一緒のバスで、遠足に向かうことができました。

 

バスの後方に座った生徒たちは、にぎやかに歌ったり、おやつを食べながら盛り上がっていました。

 


ハルミさんは、私の横に座っています。

 

私の周りには、乗り物酔いしやすい生徒が集まっています。

 

バス後方のにぎやかな集団には参加できないものの、
景色を見ながら寝たり、
隣の席の友達と静かに話す、
など思い思いに楽しんでいます。

 


ハルミさんは、バスに乗っている途中で涙が止まらなくなるときもありましたが、笑顔で遠足を終えることができました。

 


この遠足のときに、涙が止まらないのは 起立性調節障害 であること、薬を飲んでいることを、
ハルミさんは、そっと私に教えくれました。



 

面談時は、私はハルミさんが病気かどうか尋ねませんでした。


本人が病気であることを言いたくないなら、それで良いと思っていました。

 


悲しいときだけでなく、

 

嬉しいときでも、人は涙を流します。



 

涙に理由を求めないでおこう、

と、学年主任のタカダ先生の依頼を受けたときから、私自身のルールとして決めていました。




遠足から無事に戻るとタカダ先生も、1年生の時の担任も大喜びでした。

 




その後のハルミさん

 

バスに乗って遠足に参加できたハルミさんでしたが、

残念ながら飛行機に乗ることは難しい、

とドクターストップがかかり、見学旅行には一緒に行けませんでした。



ただ、全員が参加した遠足をきっかけに、クラスが一つにまとまりました。

夏の文化祭。

球技大会。

クラスメートの見学旅行の話を、楽しそうに聞いているハルミさんの姿を見ることができました。




ハルミさんにとって、特別な思い出のクラスになったそうです。



 


高校を卒業した翌年の5月に、ハルミさんから、はがきをもらいました。



高校を卒業したら涙が止まらない、

 ということがなくなりました。


 今は普通にアルバイトで販売の仕事をしています。

 

 

 楽しいです。」

 

 

 

と言葉が添えられていました。

 

私も、安心しました。






〔cc.くつひもの解説〕
起立性調節障害のある生徒に、どのように対応するか、これが正解!、という方法がないです。

学校内に、教育相談や特別支援を専門とするような分掌があれば、学校としての対応がしやすいですね。


でも、それが無い場合は、少なくとも学年団で対応を決めることが必要です。

担任の先生は、
どのような症状なのか、
どのような対応を望むのか、
生徒の保護者の意見や、その生徒の「ありたい自分の姿」を確認しながら、生徒と話をする時間を作りましょう。


起立性調節障害のある生徒は、遅刻したり、授業を休むことが増える傾向があり、「さぼっている生徒」に見えてしまうことがあります。

先生同士でも、生徒の状況を伝えて、起立性調節障害のある生徒に、どのような対応をしていくのか、「目線合わせ」を定期的にしましょう。


担任の先生が一人で頑張り出すと、他の生徒たちと話したり、ふれ合ったりする時間が少なくなって、
「先生は、特定の生徒をえこひいきしている」
という空気が生まれます。

また、「こんなに頑張っているのに、周りは何もしてくれない」と、担任の先生のメンタルが不安定になりやすいです。


支援が必要な生徒を担当する場合、
少なくとも、
学年主任や副担任の先生、養護の先生と、
「生徒がこんな様子だったさー」
と、毎日コミュニケーションを取って欲しいですね。


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うたう教育系キャリアコンサルタント。
10代から教育業界に携わり、塾、私立高校、公立高校の先生を経て、今に至っています。先生の愚痴を聞いたり、子どもたちの悩みを聞いたりして、ココロが少し軽くなるような、道標のような生き方をしています。00年代に路上ライブをしていたこともあり、今は弾き語り配信中。(あと、ライター業も少々)

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