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うんちく小説として――市川沙央『ハンチバック』批評

うんちく小説として――市川沙央『ハンチバック』批評


65点
 
2023年に発表された市川沙央の中編小説です。
出版時の扱いとしては『ハンチバック』で一冊になっているので
長編小説ということになりますが
内容的にそこまでのボリュームはないです。
 
というのもこの小説、もともと文學界新人賞に応募されたものです。
文學界新人賞の応募枚数は、400字詰原稿用紙で70枚以上150枚以下。
短編というほど短くないけど長編というほど長くもない、絶妙な分量ですね。
 
第128回文學界新人賞と第169回芥川龍之介賞を受賞しています。
 
主人公は著者と同じ先天性ミオパチー。
病気のことはあまりわかっていませんが
フジテレビのMr.サンデーのインタビュー動画に解説があるので参考までに。
https://www.youtube.com/watch?v=fVZ8mIePZXo
 
 
TBSのインタビュー動画はこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=M3EEJZyvUe4
 
芥川賞受賞後は注目が集まり、ここぞとばかりに積極的にメディアに露出していました。
ハイライトはバリバラでしょう。
映像のアーカイブはありませんが、番組内容を文字に起こしたものが
公式ウェブサイトにありました。
 
愛と憎しみの読書バリアフリー
 
 
筆者的には、本作はうんちく小説として楽しみました。
もちろんフィクションなので事実と異なることを書いても別にいいんですが
先天性ミオパチーに関する説明・描写はおそらく本当でしょう(嘘だったとしてもそれはそれですごいですけど)。
当事者だからこそ書けるリアリティーで、これはあっぱれと言うほかない。
 
特に世間的に取り上げられたのが読書バリアフリーについてのくだり。
先述のインタビュー動画にはない部分を引用してみましょう。
 
「紙の匂いが、ページをめくる感触が、左手の中で減っていく残ページの緊張感が、などと文化的な香りのする言い回しを燻らせていれば済む健常者は吞気でいい。出版界は健常者優位主義(マチズモ)ですよ、と私はフォーラムに書き込んだ。軟弱を気取る文化系の皆さんが蛇蝎の如く憎むスポーツ界のほうが、よっぽどその一隅に障害者の活躍の場を用意しているじゃないですか」
 
電子書籍推進派にとってみれば、電子書籍反対派をぐうの音も出ないほど叩きのめしていて
サディスティックな快楽があるんじゃないでしょうか。
そんな側面が世間に受けてるんだと思います。
 
一方、物語終盤で聖書の引用ののち語り手が交代します。
このあたりが賛否両論巻き起こしているようですが
筆者は主人公が書いた作中小説として受け取りました。
だって物語の始まりも、主人公が書いたこたつ記事だったので
サンドイッチしたんだと理解していました。
ただ聖書の引用と作中小説が、この小説に対してうまく機能しているかというと疑問です。
なくても成立するんじゃね、とも思いました。
 
さて、障がい者による障がい者小説、当事者性ということについては
評論家マライ・メントラインと杉江松恋が対談しています。
 
第169回芥川賞受賞予想。マライ「市川沙央『ハンチバック』が凄すぎる、有り金全部!」杉江「乗代雄介『それは誠』と『ハンチバック』が同率」
 
 
第169回芥川賞選評を読んで徹底対談。杉江「俗情と結託した読みと芥川賞の間には線を引くべきだという態度が見える」マライ「『ハンチバック』衝撃の波及についてもっと読みたかった」
 
 
芥川賞の選考委員たちは、当事者性の言及を避けることによって
何を回避してるんだろう。炎上リスク?
炎上してなんぼ、みたいなところあると思うんだけどな。
 
市川沙央にとっては今作がデビュー作です。今後の展開はどうなるのでしょう。
こういう自伝的な要素の多い小説は、数をこなしていくうちに
どこかのタイミングでかならずネタ切れを起こします。
どこかのタイミングで、題材を自分の内側ではなく外側に求めなければならなくなる。
そこがキーポイントですね。
 

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ポップカルチャー評論家
専門分野は映画、ドラマ、小説、アニメ
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