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『【推しの子】』を罵倒する

『【推しの子】』を罵倒する


【推しの子】 0点
 
 ブログでアニメ批評をしているということもあって、話題のアニメはなるべく見るようにはしている。話題のアニメというのは、まあ例えばTwitterとかネットニュースなんかに取り上げられる回数の多いものだ。このアニメのタイトルよく見るな、というものならば、スタッフやキャストや物語内容に関わらず可能な限り見るようにしている。
 そんな話題性を図る指標の一つにピクシブ百科事典がある。ピクシブ百科事典はその閲覧数や更新頻度から、トレンドとなっている項目をメインページに表示する。ピクシブ百科事典に出入りしている人にアニメオタクが多いのだろう、やはりアニメやゲーム関連の記事がトレンドになることが多い。そうして話題のアニメとして私が認識したのが『【推しの子】』だ。
 アニメ放送開始後からタイトルはなんとなく聞いていた。まず最初に強く意識するきっかけになったのはYOASOBIの曲『アイドル』だ。YOASOBIの曲自体は大したことはない。それこそ本物のアイドルが歌っていて、秋元康や指原莉乃あたりが作詞している曲のほうがよっぽど内容があるように思う。華やかなアイドルに対しネガティブなイメージを持っている人は、それこそ秋元康のAKB48以降、少なくないだろう。それを今さら芸能界の闇を暴露するみたいなテンションで語っても、アイドルファンは前時代的ととらえる。YOASOBIの『アイドル』に痛々しさを感じるのはそういう点だ。
 そんなわけでピクシブ百科事典のトレンドになり、主題歌にYOASOBIを持ってくるほど予算をかけているアニメだということもあって、筆者は重い腰を上げ『【推しの子】』を見ることにした。まあやっぱり見なきゃよかったなと思ったのだけれど。
 最初に言っておくと、本編はすべて見ていない。第1話の冒頭10分ぐらいでしんどくなって見るのをやめた。アニメを見ているとたまにあるのだけど――いや八割ぐらいのアニメがそうなんだけど、人物造形または社会的背景にリアリティがない。
 ここでいうリアリティは現実世界という意味ではない。リアリズムと同義だ。別にファンタジーでもSFでもかまわないけど、そこに登場する人物が、そんな考えかたするやついないだろうという人間であったり、そんな社会は形成されるわけがないだろうという世界観だったりすると、ひどくげんなりする。
 これは筆者が物語に求めているものが、社会批評性とエンターテイメント性であることに起因している。物語の舞台をどこにしようと、時代設定をいつにしようと、いかなるジャンルの物語であっても、現代社会をなんらかの形で批評するものでなければならないと思っている。同時に物語である以上は説教臭くなることなく、おもしろくなければならないと思っている。それらが成り立つために、人物造形と社会的背景のリアリティは必須だ。『【推しの子】』にはそれがない。
 筆者が一番引っかかったのは1話の冒頭、産婦人科の医療描写に関してだ。転生ものだから転生する前に時間をかけたくはなかったのだろうけど、それでも主人公は産婦人科医である。簡単になれる職業ではない。未成年の出産に関しても、十六歳で双子を出産するのは母子ともに身体的な負担が大きいし、社会的なありとあらゆる制約に縛られる。テレビドラマ『コウノドリ』や『透明なゆりかご』を見ている筆者としては、そのあたりを完全にスルーしていることに大きな違和感をいだいた。
 作り手側の心情はわかる。時間的な尺をそれほど割かない部分だし、医療に関する描写なんて突き詰めようとするとありとあらゆるコストがかかる。ちょっと参考文献を漁れば身につくというものではないくらいに専門性の高い分野だ。
 ただそれによって脱落する視聴者がいる。原作が有名な漫画のようなので、そもそもそういうところに注目する客層は想定していないのかもしれないが、そうすることでドラマの視聴者と、アニメの視聴者の距離がどんどんひらいていくように思えてならない。

 
2023/5/28追記
 成馬零一氏の評論が発表された。
 
https://realsound.jp/book/2023/05/post-1331584.html
 
 成馬氏はテレビドラマをメインに批評活動をおこなっている人で、筆者がフォローしている評論家の一人である。上記の文中で『どのエピソードもリアルで説得力はあるものの、どこか焦点がぼやけており、良くも悪くも「あるあるネタ」の集合体に思えてしまう。だからアイドルファンや芸能関係者ほど、本作のディテールの微妙な曖昧さに目が行ってしまう』との言及があり、筆者が感じていたことと同じことを、成馬氏も思っていたようだ。
 ただ、そのディテールの甘さを意図的なものと解釈するのは、ちょっと苦しくないか。『【推しの子】』をほめる論調で書くよう、注文されたのかしら。「肥大化した現実に立ち向かう」ことができる嘘を描くのであれば、より一層現実に肉薄した描写を積み重ねていかないといけないのではないか。なんだかちぐはぐである。
 さて、YOASOBIの『アイドル』の英語版が発表された。英訳するに当たり、モチーフからほどよい距離感が生まれたようで、日本語版よりも格段に聞きやすくなっていた。
 

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ポップカルチャー評論家
専門分野は映画、ドラマ、小説、アニメ
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