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理系ミステリーの金字塔、ただし社会派要素は消費期限切れ――『容疑者Xの献身』批評

理系ミステリーの金字塔、ただし社会派要素は消費期限切れ――『容疑者Xの献身』批評


容疑者Xの献身 30点
 
 映画版はなんとなく見たことがあったが、原作小説を読むのは初めてだ。ガリレオシリーズ自体、ちゃんと読むのもこれが初だと思う。
 東野圭吾が売れっ子作家であることは疑いようがないが、基本的には筆者の好みではない。『名探偵の掟』はおもしろかったけど。
 泣けるミステリーということになっているが、これで本当に泣く人いるのか。要は、モテないおじさんが非モテをこじらせるだけの話だ。トリックについてはひざを打ったため、その部分だけで30点をプラスした。それ以外にいいところはまったくない。直木賞を取っているのが信じられないぐらいだ。
 直木賞をはじめとする日本の文壇が評価したのは、理系要素を松本清張のフォーマットに落とし込んで、文系読者にも理解しやすくした点にあると思う。この小説が発表されたのは2003年。まともに売れている作家で理系ミステリーを書くのは東野圭吾と森博嗣ぐらいだったんじゃないか。森博嗣に関しては書き下ろしばかりで、そういった文学賞の対象になりづらかった。そういう意味では、直木賞を与えられる理系ミステリーの書き手は東野圭吾ぐらいだったのだろう。しかもガリレオシリーズ初の長編でもある。
 ただ本作の理系要素は事件と直接の関わりはない。湯川学の専門分野である物理学はほとんど出てこない。数学の要素が多少は出てくるが、登場人物同士の雑談の中で出てくるに過ぎず、数学に関する記述を読み飛ばしてもストーリーを追うことは可能だ。読者に、自分は理系ミステリーに読んでいるという満足感を与えるためのサービスシーンと言っていいだろう。
 松本清張的な社会派要素も、令和の現代からすると時代遅れで浅薄だと言わざるを得ない。本作の社会派要素はホームレスと発達障害の部分になるが、どちらも踏み込んだ描写ができているとは言いがたい。作者は執筆に当たって突っ込んだ取材をしていないのだろう。テレビのワイドショーで見た程度の内容だ。
 特に発達障害の部分に関しては、もっと批判されるべきだと思う。執筆された当時は、今ほど発達障害について認知されておらず、日本での研究も進んでいなかったということもあるが、それでも石神のような人物は日本の社会に一定数いたはずだ。発達障害とかアスペルガー症候群という名称はなくとも、そういう人たちが社交性を欠いている代わりに、探究心が強いということは、モラルのある作家であればわかっているはずだ。そういうことをわかっていないなら、作家を名乗る資格などない。石神を、その性格ゆえに殺人犯とするのであれば、もっと踏み込んだ描写をして、類型的な人物像からはがしておくべきだったのだ。そうでないと、社交性の欠いた内向的な人間はみんな犯罪者予備軍だという偏見を助長しかねない。その点に対して東野圭吾はどれくらい自覚的だったのだろうか。
 石神と靖子のメロドラマについても、どこにも泣ける要素はないだろう。ただ単純に石神が、壮大な非モテコミットをしたに過ぎない。それを受けて靖子が石神を好きになるかどうかは本人次第だと思うけれど、それに第三者が感情移入はできないだろう。
 あと、月刊誌に連載されていたためか、情報の繰り返しが多い。読者に謎解きさせようとするミステリー小説にありがちなパターンだ。
 

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ポップカルチャー評論家
専門分野は映画、ドラマ、小説、アニメ
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