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1000円カットの恐怖

1000円カットの恐怖


 「ワタシ的怖い話をしよう」
そう言ったのは先輩だった。ワタシ的というのは一般的な怖い話では無いということだ。
先輩にとって怖かった、怖いと思った話なのだ。

つい、先日先輩は髪を切りに行ったという。
なんでもその前の週に友達と遊び回り財布の中が氷河期突入状態だったそう。
しかし、髪は切らなくてはならずその理由が、
『風呂も朝も髪なげーと面倒なんだ』
真面目な先輩なのだが、時折色々なことを怠る質であった。
 そして先輩は携帯電話で安めの髪切り所を探したどり着いたのが1000円カットだったと言う。
イメージ通りに行かないくらいだろうと気にせず店に入った。店の中は狭くいかにも1000円カットだなと思った。
(髪切るのに3000も6000もかかるって何なんだよな、技術はいるのかもしれないけど……)
「長さはどれくらいにしますか?」
声質的に少しざわっとする、あまり好きではない声。
「あー……このくらいまで」
と指で後ろ髪の長さを指すと、了承したのかハサミなどの準備を始める女。
1000円と言えどカットは短くは終わらない事は承知していた。髪切りとはそういうものだと思っていたから。

シャキジャキッと髪を切る音が耳に届く。
髪切りについて詳しくない先輩が違和感を感じた。いつも行く普通の高い髪切り所では、ある程度髪に触れ、分けてから切っているような感覚なのだがこの1000円カット。
髪を櫛で解くまではあったがその後、直ぐにハサミを入れられた気がする。急に不安になった先輩は声を出そうとしたが、素人が意見していいのか……そう考えると大人しく切られるほかなかったという。
暫くカットされその手が止まる。
「あの、長さってこれくらいでよろしかったですかね?」
鏡に映るその姿に、絶句の後か細くはいとだけ言って、店を後にした。税抜1100円。
(この出来で1100円は高い。というか1000円カットじゃない)
この当時消費税は安く、本来税込で1030円の頃の話だと言う。
「その先輩どうなったの?」
ごくりっと唾を飲む音が聞こえそうな緊迫感が漂う中、私は内緒話をするように手のひらを口元に寄せて小さく、
「死んだらしい」
「ひぇっ」
空気が喉を鳴らす音が聞こえたが、先輩が物理的に死んだという訳では無い。
「先輩の精神的な何かが」
 先輩の髪は予定よりも短く切られた上に、誰でも出来るような真っ直ぐな状態に切られていた。
「それは、嫌すぎ死ぬわ」
「ようはぱっつんって事?!」
「それで1100円はぼったくりだわ」
「なんなら、同級生に指示して切ってもらったり、詳しめの子に切ってもらった方がましだ」
口々に恐ろしいとばかりに声が上がる。
「その先輩はそのショックで暫く学校に来なくなったんだよ」
そりゃあたしだってパッツンにされて、学校来れるかって言われたら無理よと手振りを付けながら言う彼女の声を拐うように、教室のドアがガラリと音を立てた。
一斉に悲鳴が上がる。
「何してんだ? お前ら……」
「あ、美咲」
「あ、そうそう先輩の話してました」
「は?」
三者三葉話が見えていない。
「だから、こちらの美咲センパイの話だったの今の話」
「はあぁ!? お前ワタシのあの話してたのか!?」
「はい」
悪びれもなく、素直に答える彼女なんなら小さな花が舞っているような空気にさえ見える……。
「というか、美咲……。先輩って留年したの!?」
「ああ、不登校になったからな」
「あの事で、ですよね?」
「お前……しばくぞ」
ギリギリと彼女の頬を両手で引っ張りながら言う美咲を前に同級生たちは唖然とその様子を眺めているのだった。


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