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【小説】流星の魔法使い

【小説】流星の魔法使い







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青い空に連なる鉄塔。
その傍を走る列車の窓から、ノエルは感嘆の声を上げていた。
 
 
「鉄塔がぶわーってなってますよ、師匠!」
 
「おうおう。よかったな」
 
 
興味なさそうな返答に視線を移すと、真っ黒な髪をした男が欠伸をしながらぼんやりと外を見ていた。
ノエルの師匠であるジュードだ。
 
 
「師匠、次の街はどんなところなんですか?」
 
 
ノエルの質問に、ジュードは窓の外を眺めたまま答える。
 
 
「星の綺麗な街らしいな」
 
「へぇー!」
 
 
瞳を輝かせるノエル。
予想していたのか、ジュードがノエルを一瞥してふっと笑う。
 
 
「今回見られるかわかんねぇけどな」
 
「どうしてですか?」
 
「行けばわかる」
 
 
ジュードの言葉に、ノエルは不思議そうにしながら頷く。
そして再び窓の外に張り付いた。
 
 
街に到着すると、もう夕暮れになっていた。
速やかに宿を探し、部屋を取る。
 
そこの食堂のような場所で夕食を食べることになっている。
宿の主であるクラーク夫人が食事を運びながら声を掛けてきた。
 
 
「夜になる前に来てくれてよかったよ」
 
 
不思議そうに首を傾げるノエルに、彼女は眉を下げて微笑む。
 
 
「ちょっと最近物騒だからね。朝になるまで絶対外に出ちゃいけないよ」
 
「絶対、ですか?」
 
「ごめんね。こっちもお客さんを守らないといけない立場だから」
 
 
わかりました、と小さく返しながら、目の前に広がる美味しそうな料理に口角が上がる。
そこへ小さな手が伸びてきた。
 
 
「この街は星空がいいのにさー。こんなんじゃ誰も来なくなっちゃうよ」
 
 
そう言いながらノエルの前の皿からおかずを取って口に入れる。
ノエルはぽかんとして顔を上げる。
 
ノエルと同じ歳くらいの少年だ。
髪が短く、やんちゃそうな雰囲気をしている。
 
 
「こら、ミロ! お客さんの食事に手を出すんじゃないよ」
 
 
すぐ取りかえますからね、と言うクラーク夫人を止めてノエルは改めてミロと呼ばれた少年を見つめる。
 
 
「君は?」
 
「聞いただろ。ミロだよ。ちょっと事情があって家に帰れないからここの宿で世話になってんだ」
 
 
そう言ってミロはじっとノエルの顔を見る。
ノエルは目をぱちくりとさせた。
 
 
「……お前、男? 女?」
 
 
その質問に苦笑する。よく聞かれることだ。
ノエルは髪を短くしていて、今は脱いでいるがいつも帽子をかぶっている。
服装もなるべく動きやすいように選んでいて、スカートははいたことがない。
 
 
「女だよ」
 
 
そんなに見えないかな。
ちらっと前に座るジュードを見てみる。
 
ジュードは何も聞いていないかのように食事を続けている。
小さく息を吐いて再びミロに視線を移した。
 
 
「ふーん」
 
 
興味なさそうな声だが、じろじろとノエルを見ている。
ノエルは居心地悪そうに目を泳がす。
 
 
「なぁ」
 
 
ミロが急に近づき、ノエルの耳元で小さく声を出す。
 
 
「飯食ったら、屋根裏に来いよ」
 
「なんで?」
 
「見たいだろ。この街の星。見せてやるよ」
 
 
にぃっと笑うミロに、ノエルは迷う。
もう一度ジュードを見てみると、食事を終えて立ち上がるところだった。
 
 
「し、師匠!?」
 
「なんだ」
 
「え、あ、もう行くんですか?」
 
「あぁ。お前は好きにしてろ」
 
 
そう言ってすたすたと歩いていってしまう。
ノエルはふてくされたような顔をして真っすぐミロを見た。
 
 
「わかった。行くよ」
 
 
ミロは「そう来なくっちゃ」とにやりと笑った。
 
 
夜。食事を終えたノエルはミロに言われた通りに屋根裏に向かっていた。
二階の奥に小さい階段があるとのことだ。
 
きょろきょろしながら進んでいくと、確かに階段があった。
屋根裏に上がると、既にミロがいた。窓から空を見ている。
なんだか辛そうな表情に見えて、ノエルは「ミロ?」と声を掛けた。
 
 
「あ、あぁ、ノエル」
 
 
待ってたぜ、とミロは笑う。そして思い切り窓を開けた。
屋根裏と同じ高さの窓だ。冷たい風がふわりと流れ込んでくる。
 
 
「外に出るの?」
 
「そう。ここから屋根の上に出られるんだ。宿の裏に屋根から下りられるところがあるから、そこから出よう」
 
「屋根の上じゃだめなの? 夜は物騒だから外に出たらいけないんだよね?」
 
「大丈夫だって。そんな言うほど物騒じゃないし」
 
 
どこか縋るような目に、ノエルは「……わかった」と頷いた。
 
屋根から下り、ふたりは街中を歩いていた。
なるべく見つからないように、路地裏を進んでいる。
 
こういう場所こそ狙われやすいんじゃ、とノエルは困ったように前を歩くミロを見る。
いざとなったら自分が守るつもりで、ノエルは拳をぎゅっと握る。
 
 
「それで、僕を連れ出した理由は?」
 
 
ノエルが声を掛けると、ミロがびくっと身体を揺らす。
しかし止まることなく、歩き続けている。
 
 
「……俺、姉ちゃんがいるんだ」
 
「うん」
 
「優しくて、しっかりしてて、街のみんなに好かれてる自慢の姉ちゃんなんだ」
 
 
ノエルは小さく相槌を打つ。
しかしそれからミロは黙り込んでしまう。
 
ノエルは質問をすることにした。
 
 
「最近物騒って言ってたのは、どうして?」
 
「……」
 
「ミロ」
 
「人攫いだよ。女が多い」
 
 
そしてまたミロは黙る。ノエルは空を見上げた。
確かに、綺麗な星空だ。思わず頬を緩ませる。
 
 
「ありがとう、ミロ」
 
「え?」
 
 
前を向いて歩き続けていたミロが振り返る。
ノエルは笑いかけた。
 
 
「こんな綺麗な星空を見せてくれて、ありがとう」
 
 
ミロは目を見開いて、辛そうに顔を歪める。
そのまま目を逸らしたミロの震える手を、ノエルはそっと握る。
 
 
「大丈夫だよ。だって僕、師匠の弟子だもん」
 
 
瞳を揺らすミロに微笑みかけ、手を離した。
 
 
「早く出てきなよ。僕は逃げも隠れもしないよ」
 
 
少し待つと、男が五人ほど姿を現した。
 
 
「女一人に男五人って、効率悪いんじゃない?」
 
 
ノエルはミロを振り返る。
 
 
「早く行って」
 
「え、でも」
 
「僕は一旦捕まるから。ほら早く」
 
 
ミロは「ごめん」と小さく言って走り出した。
残った男たちの姿を見て、ノエルは「早く連れてってよ」と笑った。
 
 
床は冷たく、手は後ろで縛られている。
近くに数人の気配がする。
いつの間にか気絶させられていたようだ。
 
状況を整理しながら、ノエルはゆっくりと目を開ける。
目の前に、数人の女性が同じように縛られて固い床に座っていた。
 
ノエルが起き上がると、何人かと目が合う。
近くにミロと顔立ちが似ている女性を見つけ、ノエルはほっと息を吐く。
 
物置のような部屋になっていて、扉は閉じられている。
部屋の中に見張りはいない。
 
ノエルは自身の手を縛っているロープを燃やした。
手首を擦っていると、女性たちが驚いたようにノエルを見ていた。
 
 
「あなた、魔法が使えるの?」
 
「うん。すぐに君たちのロープも燃やすから待ってて。でも外の様子がわからないからまだ縛られているふりをしていて欲しい」
 
 
そう言ってノエルは扉に耳を当てる。
人の気配はしない。
 
ノエルは速やかに女性たちを解放していく。
 
 
「敵の人数はわかる? この建物の間取りとか」
 
 
ノエルの質問に、ほとんどの女性が首を横に振る。
 
 
「私が襲われた時、五人の男が来ていたからそれ以上はいるはずよ」
 
 
声を出したのは、ミロと似た女性だった。
 
 
「クロエよ」
 
 
そう言って優しく笑う。
ノエルも微笑んで「ノエルだよ」と返す。
 
 
「あと、多分ここは街の奥にある廃墟よ。森の傍にあるから人が来ないの。そしてこの部屋は地下ね」
 
 
クロエの言葉に、女性たちが納得したように頷く。
思い当たる場所がここしかないのだろう。
 
ノエルは「ありがとう」と頷いた。
考え込むノエルに、クロエが再び声を掛ける。
 
 
「脱出するの?」
 
「うん、そのつもり。だけど、どうやって出ようかなって思って」
 
「魔法でどうにかできない?」
 
 
ノエルは苦笑する。
 
 
「確かに多少魔法は使えるけど、師匠みたいにどかーん! って感じの魔法はまだできないんだよね」
 
「ここから出られるなら、私どんなことだってするわ。協力させて」
 
 
縋るような目に、ノエルは優しく笑いかける。
他の女性たちも頷いている。
 
ノエルはゆっくりと深呼吸をした。
 
 
「わかった」
 
 
そして真っすぐに彼女たちを見つめる。
 
 
「魔法が未熟な分、僕は素手でも戦えるように訓練してるんだ。男三人、相手によっては四人までなら同時に戦える。手を縛られていただけだし、扉の前に人の気配はない。だから僕たちが逃げ出すことは想定していないと思う。あとあくまで予想だけど、今この建物にそれほど多くの人はいないと思う。元々いないか、もしくは夜だから攫える人を探しに行っているか」
 
 
ノエルの言葉に全員真剣に頷く。
 
 
「扉を出たら、棒でも何でもいいから武器を探して。でも戦うことを前提としないで欲しい。身を守ることだけに専念して」
 
 
クロエが「わかったわ」と頷く。
それを確認して、ノエルは扉に手を掛ける。
 
音をたてないよう、ゆっくりと開ける。
扉の前を確認すると、やはり人はいなかった。
 
廃墟の廊下を進んでいく。
建物内に人がそれ程いないとは予想していたが、予想以上にいない。
 
ノエルは怪訝な顔をしながら慎重に歩く。
その後ろをクロエたちがついていく。
手には廊下で拾った棒や石を持っている。
 
階段を上り、地下から出る。
階段の上に一人見張りがいたが、ノエルが気絶させた。
 
そのまま一階の廊下を進む。
大きな扉を前にすると、ノエルは足を止めた。
 
 
「みんなはここで待ってて」
 
 
小声で伝えると、全員がわかるように頷いた。
 
この先には人がいる。
ノエルはゆっくりと息を吐き、扉を開けた。
 
 
「だめじゃないか。ちゃんと部屋で待っていなきゃ」
 
 
長椅子に座り、こっちを見て一人の男が笑う。
ノエルはびくりとして、男を睨む。
 
 
「私はファウストだ。君の名前は?」
 
「教えるわけないだろ」
 
 
ノエルは男を睨みながら、部屋を確認する。
廃墟のため崩れている場所もあるが、わかりやすく形の残った礼拝堂だ。
どうやらこの廃墟は教会のようだ。
 
 
「残念だけどね、私は君たちを逃がすわけにはいかないんだ」
 
 
ファウストがそう言うと、向かい側の扉から次々と男が出てくる。
十人以上はいるようだ。ノエルは眉をひそめる。
女性たちを守りながら戦えるだろうか。
 
 
「行け」
 
 
低い声で指示をすると、男たちが一斉にノエルに襲いかかる。
それを避けながら、ノエルは出来るだけ急所に当たるように攻撃を繰り出していく。
 
しかし避けた先に、銃のような速さで炎が飛んできた。
 
 
「……!」
 
「私も魔法が使えるんだ。残念だったね」
 
 
そう言っている間にも男たちは襲い掛かってくる。
必死に避けるが、人数が多い。
 
倒したはずの男もファウストの力なのか、すぐに回復して立ち上がる。
 
後ろから頭を殴られ、ノエルは床に倒れ込んだ。
それを男たちが押さえつける。
 
 
「くっ……!」
 
 
ファウストが満足そうに笑い、ノエルにゆっくりと近づく。
片手でノエルの顔を掴み、無理矢理上を向かせる。
 
 
「まだ子どもとはいえ魔法使いか。いくらで売れるだろうな」
 
 
にやりと嫌な笑みを浮かべる。
 
すると、ノエルの後ろの扉が勢いよく開いた。
 
 
「ノエル!」
 
 
廊下で待たせていた女性たちだ。
クロエを先頭に、全員男たちを睨みつけている。
 
 
「来ちゃだめだ!」
 
 
ノエルは叫ぶが、女性たちは戦闘を開始する。
しかしノエルは押さえつけられていて、男は人数が多い。
 
手を動かそうとすると
 
 
「おっと。魔法は禁止だ。今ここでお前を一瞬で焦がすこともできると伝えておく」
 
 
ファウストの言葉に、ノエルは顔を歪める。どうする。
女性たちを確認すると、既に捕まってしまっているが、それほど乱暴にはされていないようだ。
 
ノエルはファウストを睨む。
すると、微かにびりびりと空気に電気が流れるような感覚がした。
 
 
――今だ!
 
 
ノエルは素早く手を動かし、床に向かって風を送る。
崩れかけているような建物のため、砂埃のように視界を遮ることができた。
 
その隙をついてファウストから離れ、捕らわれた女性たちを男たちから引き離す。
 
すると、大きく雷鳴が轟き、廃墟の入り口が崩壊した。
屋根ごと崩れていき、綺麗な空が姿を現す。ノエルは瞳を輝かせる。
 
 
流星群だ。星が次々と流れている。
その美しい景色と安堵感に、ノエルはわずかに目に涙を溜めた。
 
 
「待たせたな、ノエル」
 
 
崩れた建物の上から、彼は姿を現した。
 
 
「師匠……!」
 
 
不敵に笑い、ジュードは手元に強力な雷を溜めた。
 
 
 
 
 
もうすぐ列車が来る。
後ろに立つジュードは欠伸をしていて、ノエルはミロとクロエの二人と向かい合っていた。
 
 
「本当にありがとう、ノエル」
 
 
クロエが優しく笑う。
ノエルは照れたように目を細める。
 
 
「僕は何もしてないよ。師匠が全部解決したんだ」
 
「敵を倒したのは確かに彼だけど、私たちを救ってくれたのはあなたよ」
 
 
だからありがとう、と再度言われ、ノエルは「どういたしまして」と笑った。
 
 
「ミロ?」
 
「あ、あぁ」
 
 
声を掛けると、ミロは気まずそうに目を泳がす。
 
 
「ミロが僕を連れ出してくれなかったら、みんなを救えなかったんだよ」
 
「でも、俺……」
 
「感謝してる。ありがとう、ミロ」
 
 
そう言ってノエルはミロの手をぎゅっと握る。
ミロは眉を下げたような表情をした。
 
 
「なぁ、また会える?」
 
「もちろんだよ。いつかまたきっと会える」
 
 
そう言ってノエルはぶんぶんと握った手を振り回す。
ミロはへへっと頬を赤らめて笑った。
 
 
「おい、そろそろ行くぞ」
 
「はい、師匠!」
 
 
じゃあまた、とミロやクロエ、見送りに来ていた数人の街の人たちに挨拶をして、到着した列車に向かっていく。
 
 
「もうここには来ねぇけどな」
 
 
ジュードに言われ、ノエルは一瞬ぽかんとする。
しかしすぐに先程ミロにまた会えると言ったことを思い出し、ノエルはむっとした顔をする。
 
 
「師匠の意地悪!」
 
「おうおう。何とでも言え」
 
 
列車に乗り込み、いつものように窓に張り付く。
ミロたちに手を振り、空を見上げる。
 
青い空に連なる鉄塔。
ノエルはまた、感嘆の声を上げた。
 

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