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ボイストレーナーへの道のり ⑬ 医療現場での出会い

ボイストレーナーへの道のり ⑬ 医療現場での出会い


⑴ 歌以外のボイストレーニング
 
音楽学校で教え始めて、その卒業生や音楽事務所の繋がりで自宅レッスンをスタートしたボクは、当然のように歌のためのボイストレーニングを行っていました。
 
高い声が出せるようになりたい。
大きなハリのある声が出したい。
音程をもっと正確に安定して出したい。
モノマネではない自分の歌の個性を見つけたい。
もっと表現力をつけて人を感動させるようになりたい。
 
そういう思いに応えるレッスンをしていました。
 
そんな中、自分のスタジオ「ボイスラボ」を立ち上げてから、音楽以外の目的の人がレッスンに通われることがとても多くなりました。
 
役者さん
声優志望の方
お坊さま
小さい声しか出なくて困ってる人
自分の声が嫌いで困っている人
英語の発音がより良くなりたい人
 
...など、今までなかった目的のレッスンをするようになりました。
 
もともと学生時代に演劇を少しかじっていたこともあり、歌以外のボイトレを行うことはさほど大変には感じませんでした。
 
歌であろうがなかろうが、「声」を良くするということに違いはないと思っていました。
 
いろんな方のお悩みに応えることは、ボクにとって本当にやりがいのあることでした。

 
 
⑵ 医学との出会い
 
ボイスラボから歩いて1~2分のご近所に、「一色クリニック」という耳鼻科がありました(今は閉院されていて、ありません)。
 
ひょんなことからご縁が出来て、クリニックで自分の声帯のチェックをすることになりました。
 
初めて自分の声帯を見ました。
 
「こんな風に動いているんだ!」
 
自分の想像を超えてとても繊細で複雑に動く声帯を見て、感動しました。

 
待合室で会計を待っていると、医院長の一色信彦先生の著書が置いてありました。


声の不思議―診察室からのアプローチ
 
後で調べると、世界的に有名な先生だと分かりました。

 
「スタジオから徒歩2分に世界的な先生がいるなんてラッキーすぎる!」

 
そして、ここでは詳細は割愛しますが、いろんないきさつ(記事2,3本分はあります笑)があり、ご縁が重なって、
 
数年後、この一色先生が関係されている「ひろしば耳鼻咽喉科」で、音声障害の方のボイストレーニングを担当させてもらうことになります。
 
半年ちょっとお世話になりました。
 
それまでの自分では全く想像もつかないような貴重な体験をさせていただきました。
 
本当に感謝しています。


 
はじめての仕事の日、ボクは雷に打たれるような大きな衝撃を受けました。

 
お仕事を受ける際に、声を出したり、話したりすることが難しい人がいることを理解してるつもりでした。

ですが、実際に医療の現場に立ち会ってみた時、これまでの認識が全く及ばないレベルのものだと分かりました。


「世の中にここまで大変な症状が存在するなんて!」


ボイストレーニングという世界で生きてきた自分には、想像を絶する世界でした。

一番多かったのは、痙攣性発声障害という症状の方の「術後のトレーニング」です。

それ以外にも失声症の方や過緊張性発声、トランスジェンダー(性同一性障害)の方の声のチューニング(希望される性の声に近づける)など、いろんな声と人に出会いました。


もしボクが、ボイストレーニングを何らかのメソッドで理解していただけだったら、対応に困ってしまったでしょう。

話すことや声を出すこと自体が困難な人に、音楽的な手法でトレーニングすることは厳しい場合がほとんどだからです。

メソッド(方法)ではなく、そのトレーニング方法で良くなる理由(声の原理)を大切にしてきたからこそ、多少はお力になれたのだと思います。



自分なりにこれまでも、多くの人の声の悩みに応えてきたつもりでした。
 
でも、話すこと自体が難しい人なんて、これまで一度も出会ったことがありませんでした。

レッスンの場ではなく、自分の人生の中で、です。

 
悩みに優劣はありませんし、「音程が…」「高い声が…」といった悩みが取るに足らないとは思いません。
 
ただ、声を出したり話したりすることが難しいというのは、単に「声」の問題ではなく、自分の思いを人に伝えることが非常に困難になるということなのです。


「メールとかあるし、大丈夫なんじゃないの?」


といったことで片づけられる話ではありません。

自身の尊厳にかかわる話なのです。

 
クリニックに来られる患者さんは、日本全国からわざわざ仕事の休みを取って来られるような方が多く、切実な思いで受診されているのが手に取るようにわかりました。

もちろん、とても明るく振舞われる方もいらっしゃいましたが、そんな方でも声がずっと出た時に、
 
「なんでこんな簡単なことが出来なかったんだろう」
 
と涙をこぼされるようなことが何度となくありました。
 
 
これまでボクは、歌の中に「声」の可能性を見てきました。

歌が上手いとか、
発声がいいとか、
才能があるとか……そんなレベルではなく、

「気持ちを声にのせる」

ということがとても貴重なことで、尊く、素晴らしいものだと、ドクターや患者さん達から教えてもらいました。
 
有名なアーティストのように何万人もの観客を感動させることは、凡人のボクやアナタには出来ないかもしれない。
 
でも、どんな人でも、自分の声で自分の気持ちを本気で伝えれば、その想いは必ず、誰かに届けることが出来ます。



自分の仕事はそれを伝えることなんだと思っています。

心と声を繋ぐという仕事。
 
ボクの声に対する考えをより深く本質的にしてくれたきっかけの一つは、医療現場での出会いだったのです。
 
 
 
ボイストレーナーへの道のり ⑭ へ続きます。

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同志社大学法学部政治学科を卒業。数々のプロミュージシャンを輩出しているAN MUSIC SCHOOLのVOCAL科を特待生にて修了する。
AN在学時から数々のステージを重ね、メジャーアーティストのコーラスやCMのレコーディングなど 多岐にわたる活躍をする。
同音楽学校にてボイストレーナーとしてのキャリアをスタートした後、自己の歌唱技術の研鑽の意味も 含め、全国の優れたボイストレーナーに師事し、 独自の発声のノウハウを構築。現在に至る。
発声の医学的なアプローチも深めており、より安全で効率の良い発声メソッドを今も探求している。
レッスンは歌のみにとどまらず、役者、声優、 アナウンサー、などといった「声の表現」全般 の指導へと広がってきており、多くのプロフェッショナルたちをはじめ、多くのボイスユーザーたちから絶大な信頼を寄せられている。

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