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ボイストレーナーへの道のり ⑪ フースラーメソードとの出会い

ボイストレーナーへの道のり ⑪ フースラーメソードとの出会い


26歳の時に月5万円でボイストレーナーをはじめて、29歳で居酒屋のアルバイトを辞め、音楽一本にしました。
 
以降、ボイトレ、事務所経由の歌う仕事、共にとても順調に増えてゆきました。
 
収入も30歳前後としてはかなり良かったと思います。
 
そして何より「自分は音楽で食えてる」という事実が、ボクの自尊心を強くさせました。
 
 
(1) ボイストレーナーとしての自信と不安
 
ボクは、ボイストレーナーとしてプライドを持っていましたし、当時としてはかなり科学的で先進的なトレーニングをしているつもりでした。

ちなみに以下のことが当時、最先端のボイトレでした。

・腹式呼吸
・姿勢
・腹筋
・共鳴
・喉をあける
 
音楽学校の講師ミーティングでも、ボク以外の全員が上記のようなレッスンをしていると話していました。
 
そのミーティングの中でボクが
 
「ボクはちょっとみなさんと違うんですけど、声帯のことを考えてレッスンしています。」
 
と言うと、「????」と、みんな理解に苦しんでいるようでした。
 
そんな中、K先生は、
 
「アメリカの最先端のボイトレ事情はそうなってるみたいですよね」
 
とフォローしてくれました。
 
そして、海外の超一流アーティストと活動もされていたM先生が
 
「植村先生の考えをもっと詳しく聞かせて下さい」
 
と話しかけてくれました。
 
 
情報の溢れた今からは想像もできないかもしれませんが、まだミックスボイスという言葉が世の中に流通していない時代です。
 
「ボクは他のトレーナーさんが気づけてないことをレッスン出来ている」
 
そんな自負を持っていました。


ですが、実際のレッスンでは、個々のケースで迷うことも多く、生徒さんの成長が遅いのは自分のせいではないかと思うこともよくありました。
 
 「ほんとにこのままでいいのかな……。」
「どうしたらもっと良くなるんやろ……。」
 
と、常に不安を抱えていたのです。

 
そんな中、一人の生徒さんが一冊の本を持ってこう言いました。
 
 「先生、すみません。」
 
「あの、この本、先生が言ってはるようなことが書いてるなあと思ったんですが、ちょっと見てもらってもいいですか?」
 
 
その本はE.ハーバート-チェザリーの「The Voice Of The Mind」でした。
 
興味ある部分を軽く読ませてもらうと、確かに自分の考え方に近いと感じました。
 
最寄りの大型書店で購入し、早速帰りの電車の中で読み出しました。
 
本はとても分厚く、最後まで読むのが想像以上に大変でしたが、この本との出会いは、とても大きいものでした。
 
著者のチェザリーの流派には、海外の超ビッグネームたち(マイケル・ジャクソン、スティービー・ワンダーなど)が師事したボイストレーナー(グロリア·ラッシュやセス·リッグスなど)がいると知りました。
 
「自分の考え方はやっぱり正しくて、むしろ先進的な考え方なんだ!」
 
と、とても興奮しました。
 
腹式呼吸や腹筋などを重要視しない先生が誰もいない中、この本との出会いで初めて『自分の考え方であってるんだよ』と公式に認められた気がしました。
 
トレーナーとしての自信が強くなりました。
 
 
その後、当時流行っていたSNSの「mixi」を通じて、東京には先進的なトレーナーさんがいることが分かりました。
 
「やっぱりボク一人じゃないんだ!」
 
と、とても嬉しくなりました。
 
やっぱり自分の方向性であってるんだと心強く感じました。
 
早速、DAISAKUさん、安達晃(AKIRA)さん、まだSLSのライセンスを取る前の桜田ヒロキさんを見つけて、友達申請をしました。
 
皆さんすぐに快く承認して下さり、体験レッスンを東京まで受けに行ったり、関西での彼らの出張レッスンをお手伝いしたりと、色々と交流させてもらいました。
 
どんどん新しい方法や考え方が見えてきて楽しくなってゆきました。
 
それらは論理的に正しいように見えました。
 
どんどんレッスンの質が高まってゆくのを感じました。
 
しかしながら、それでも成長がなかなか進まない生徒さんが無くなることはありませんでした……。
 
 
(2)  フースラーメソードとの出会い
 
 「何か根本的に方向性が間違っていないだろうか……。」
 
通常のボイストレーナーよりは絶対に勉強も研究もしているという自負がありましたが、同時に自分は本当は何も分かってないのではないだろうかといった不安がいつも心のどこかにくすぶっていました。
 
そんな中、武田梵声先生の「ボーカリストのためのフースラーメソッド」が出版されました。

 
実は武田先生とは以前からレッスンを受けたりなどの交流がありました。
 
その武田先生が新著を出されるということで、ドキドキしながら出版日を待っていました。
 
そして、いよいよ本を手にして読み出すと、
 
「なんじゃ、これ?」
「ムズっ」
「すごっ」
 
この3つが正直な感想でした。
 
書かれていることの半分も理解できていないということだけは分かりました(笑)
 
ただ、ここに書かれていることは間違いがないという直感のようなものがボクにはありました。
 
今でこそAdoさんなどの影響もあって、ノイズ発声など普通じゃない声が注目されていますが、この本は、Adoさんどころの話ではない、奇想天外な声のトレーニングが紹介されていました。
 
これまでのボイストレーニングへの考え方を一掃される本でした。
 
言ってみれば、それまでのボクのレッスンは、対症療法のようなものでした。
 
熱が出たから解熱剤。
咳が出たから咳止め。
下痢気味なので正露丸。
 
確かに症状はいったん治まるかもしれません。

ですが、根本的な原因を解決しなければ、何度も同じ症状に苦しんだり、別の症状が現れたりするはずです。
 
声も同じです。

この本との出会いによって、「この練習をするとこうなる」といったハウツーの寄せ集めではなく、声という現象の大きな枠組みを理解し始めるきっかけとなりました。

徐々に、レッスンの中で「これでいいのだろうか」と不安に感じることはほぼ無くなりました。
 
まだまだわからないことや迷うことはあります。

それでも、声や歌に対する基本的な理解を得たことで、個々のケースに落ち着いて対応できるようになりました。



世の中には、ほかにもいろんな優れたメソッドがあります。

それぞれに長所や短所などあると思いますが、ボクは、フースラーメソードと出会えたことをラッキーだと思っています。
 
それは、1000年経っても色褪せない普遍的なものを取り扱っているからです。

単に高い声を出すにはどうするかとか、地声と裏声の融合を果たすにはどうするのかとか、を超えた「声とは?」「歌とは?」という問いに応え得るものです。

「AIの時代にボイストレーナーは果たして必要なのか?」の記事でもふれたように、これまでのボイトレはAIで全て可能になると思います。

それを超えたものを見据えていないと、ボイストレーナーを廃業しなくてはいけない日はそう遠くなく来ると思っています。

そして、そんな日が早く来ればいいなと思うと同時に、その時に自分が本当にちゃんとした仕事が出来るように、ボイストレーナーとしてもっと勉強しなくては、と感じています。


ボイストレーナーへの道のり ⑫ へ続きます。

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同志社大学法学部政治学科を卒業。数々のプロミュージシャンを輩出しているAN MUSIC SCHOOLのVOCAL科を特待生にて修了する。
AN在学時から数々のステージを重ね、メジャーアーティストのコーラスやCMのレコーディングなど 多岐にわたる活躍をする。
同音楽学校にてボイストレーナーとしてのキャリアをスタートした後、自己の歌唱技術の研鑽の意味も 含め、全国の優れたボイストレーナーに師事し、 独自の発声のノウハウを構築。現在に至る。
発声の医学的なアプローチも深めており、より安全で効率の良い発声メソッドを今も探求している。
レッスンは歌のみにとどまらず、役者、声優、 アナウンサー、などといった「声の表現」全般 の指導へと広がってきており、多くのプロフェッショナルたちをはじめ、多くのボイスユーザーたちから絶大な信頼を寄せられている。

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