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【創作童話】あの人が作ったロボット 第2部

【創作童話】あの人が作ったロボット 第2部



 そんな穏やかな日々が続いていた、ある蒸し暑い夜だった。

ユキと私は、食卓を囲んで、夕飯を食べていた。

もちろん、ユキは、私の話をおかずにするだけだったけれど。

あの人はいない。

ユキが来てから、忙しいらしく、顔をめったに合わせなかった。

トゥルルルル。

私の携帯が鳴った。

パパからだ。

珍しい。なんだろう?

 

「ユカ。お母さんが……、お母さんが。今、連絡があって……。」

 

「パパ。落ち着いて。いったい、どうしたの?」

 

「お母さんが、お母さんが、家から研究所に向かう途中、交通事故に遭って、病院に運ばれた。」

 

「え?それで、大丈夫なの?」

 

「ひどいけがらしいんだ。」

 

パパのうろたえように、さすがの私も真っ青になった。

どうしよう?

もしも、もしもあの人に何かあったら……。

ユキは、今ではとても大切な存在になっていた。

ユキを好きになればなるほど、あの人に何か恩みたいなものを感じなかったといえば嘘になる。

 

「まだ、ユキのこと、ありがとうと言えていないのに……。」

 

私は、震えた。

 

「オカアサン、ジコ?ダイジョウブ?」

 

ユキも、あの人が心配でおろおろしている。

しっかりしなきゃ。

私は、頭が真っ白になりながらも、急いで病院に向かった。

 

 

 その人は、痛々しくベットに横になっていた。

パパは泣いていた。

 

「パパ、しっかりしてよ。大丈夫、良くなるよ。」

 

私は、それだけ言うのが精いっぱいだった。

 

「ミーちゃんを助けようと、道路に飛び出したらしい。ミーちゃんは無事だったけど、お母さんが……。ううっ。」

 

私は、黙ってパパの背中をさすった。

 

「ううっ。ユカ、ご飯、おいしかったか?」

 

「パパ、こんな時に何を言っているの?」

 

パパは、その人の手をそっととって、私に見せた。

手は、切り傷と絆創膏だらけだった。

 

「パパ。この人の手……。」

 

「ユカは知らなかったろうけど、ずっとご飯を作っていたのは、お母さんだったんだ。」

 

「えっ、でも、ユキは自分が作ってるって……。」

 

「ユキのボディを見ているだろう。あんなこった料理をつくれるつくりじゃない。」

 

「言われてみれば、そうだ……。確かにボディは古い型のままだ。」

 

「ユキに嘘をつかせていたんだ。お母さんらしい嘘だ。」

 

「パパは、何も聞いてなかったの?」

 

「知らなかった。ユカが喜んで食べていると聞いて安心していただけだった。ママからの電話で、嘘のことをきいた。」

 

「ママ?どうしてママが?」

 

「本当に、お母さんらしいよ。ママのユカリに何度も頭を下げて、忙しい中、料理を教えてもらっていたみたいだ。」

 

パパは、ぽつりと続けた。

 

「お母さん、研究一筋で、料理なんかした事なかったから、苦労したろうな。」

 

私は、がーんと頭をなぐられたみたいな気持ちだった。

 

「お母さん、ユカとユキが仲良しなのがうれしくて、がんばっていたんだ。」

 

ユキの名前がでて、私は鼻の奥がつーんとした。

 

「私、ユキが本当に好き。」

 

「そうか……。ユキの人格モデルはね、お母さんなんだよ。」

 

「えっ、それってもしかして、ユキの性格って……。」

 

「そう、お母さんにそっくりだ。まるで、お母さんの子供みたいに。」

 

私は、あまりのことに、立っているのがやっとだった。

 

そして、胸がつまって、それから一言も話せなかった。

 

「ユカ。パパも頑張るよ。お母さんを見習って。」

 

私は、泣きそうな気持でその声を背に、病室を後にした。

 

 

 

 

 病院から帰ると、ユキが、ミーちゃんに吠えられながら、家の前でうろうろしていた。私を見つけると、カシャンカシャンと走ってきた。

 

「オカエリナサイ。オカアサン、ダイジョウブ?」

 

「大丈夫だよ。検査したら、大したことないって。すぐ退院できるよ。」

 

「ヨカッタ。」

 

「良かったね。嘘つきロボット。」

 

「ゴメンナサイ。オカアサンハ、ワタシニトッテモ、オカアサン。ヤクニタチタクテ、ウソツキマシタ。」

 

「もう、いいよ。料理もおいしかったし、あなたみたいな弟もできたし。」

 

ユキは、私を見つめた。

 

「ユカ、オカアサン、スキニナッタ?」

 

「わからない。でも、嫌いじゃなくなった。」

 

ユキには表情がないはずなのに、くすっと笑ったのがわかった。

 

「こら。」

 

私も、ユキをこづきながら笑った。

 

「ありがとう。」

 

私は、ひんやりとしたユキのボディをそっと抱きしめて言った。

 

 あの人の顔が浮かんだ。

退院したら、同じ言葉を言おう。

ちゃんと言えるかな?私、口下手だからな。

でも……。

ユキと過ごした半年は、ママとパパと仲良く過ごせていた時と同じくらい、ぽかぽかした時間だったから。

 

「ユカ。オカアサンニモ、アリガトウ、イウ?」

 

見透かしたようにユキが言った。

 

「もう、ユキったら。」

 

だけど、そうだね。

お母さんとは、まだまだ呼べそうもないけど……。

勇気をだして。

 

「ありがとう、ゆきえさん。」

ひとまず、心の中でつぶやいた。

 

昨日まであったもやもやは、もうなかった。

夜空いっぱいのきらきらした星たちを、きょうだい二人で見上げながら、私は、いや私たちは、とびきりいい気分だった。

 

 それからのことは……少しずつ進んでいった。

パパは、研究を終えると、一目散に家に帰って、まだ車椅子のゆきえさんを助けた。

パパの料理は、めちゃくちゃまずかったけれど、私は文句を言わなかった。

が、それは同時に私とゆきえさんとの微妙な距離を表しているのだけれど。

 

私は、早くゆきえさんの料理が食べたかったのに、口に出せずにいた。

それよか、ユキのことさえ「ありがとう」と言えていなかった。

 

パパは、そういうところもものすごく鈍感で役に立たないし、このままではだめだ、と思った私は、ゆきえさんが車椅子から降りて、初めて料理を作ってくれた日に伝えようと決めた。

 

何度もユキを相手にセリフを練習して、端から見たら馬鹿みたいだったろうと思う。

恥ずかしい……。

でも、それだけ真剣だったのだ。

 

その日、ユキは料理をつくっているゆきえさんのそばについて

 

 

「オカアサン。オテツダイデキナクテ、スミマセン。」

などと言いながら、料理の合間にゆきえさんに椅子をすすめたり、座らせたりしていた。

 

『ユキは素直に表現できていいよな~。』などと思った時だ。

 

ゆきえさんが、よろっとよろめいた。

 

私は、ユキがいるのに、思わずキッチンに飛び出していた。

 

ユキの腕につかまったゆきえさんは、私を見て驚いたが、すぐに

「ゆかちゃん。大丈夫よ。」と笑顔になった。

その笑顔がユキを彷彿とさせて、私は勇気が湧いた。

 

「あの……、ユキのこと、料理のこと……」

声が詰まった。喉がからからに渇いてしまって、それ以上声が出ない。

 

すると、ゆきえさんは私の頬を両手でそっと包んで言った。

 

「ゆかちゃん、ありがとう。ユキと仲良くしてくれて。料理を食べてくれて。」

 

その手の温もりは、私のどうしようもなかった最後のこだわりと余分な力を溶かしてしまった。

そして、泣く寸前で声を振り絞った。

「ありがとう。」

 

その瞬間、ユキが私を抱きしめた。

 

「ユカ。アリガトウゴザイマス!!」

 

ゆきえさんが心底嬉しそうに言った。

 

「ユキ。それは私のせりふよ。」

 

思わず、3人で顔を見合わせて、泣きながら大笑いをしてしまった。

 

 そこにパパが帰ってきた。

 

「おいおい。楽しそうだな。パパも仲間にいれてくれよ。」

 

こんな賑やかで楽しい晩餐は、どれくらいぶりだったろう。

パパが浮かれて、ゆきえさんがおっとり笑って、ユキがぼける。

私は、ほとんど話さなかったけれど、心には温かいものがずっと流れていた。

 

 その夜。

ベッドに横になりながら、ユキに聞いた。

 

「ユキの夢はなあに?」

 

「ワタシノユメハ、モウカナイマシタ。デキレバ、モウチョットカワイクナリタイケレド。」

 

「ふふ。そっか。私、もう一つ夢ができちゃった。」

 

「ソレハナンデスカ?」

 

「ロボット工学を勉強すること。」

 

ユキは黙っていた。

 

「私がユキの姿、必ずもう少しカワイクしてあげる。」

 

ユキは、「ユカ。ダイスキ。」とぽそっと言った。

 

それを聞いて私は、満ち足りた気持ちになって、考えた。

 

 

明日、起きたらユキと一緒に、ゆきえさんに「おはよう。」と言おう。

「行ってきます。」「ただいま。」も言おう。

ありがとうが言えたんだもの。

それぐらい簡単よ。

私は頬が思わず頬がゆるんだ。

 

ゆきえさんが作ってくれたユキというロボットは、こうして私に美味しい料理と温かい家族と叶えたい夢をくれた。

 

明日からも、これからも、ユキがいる。パパもゆきえさんもいる。

 

私もいつかユキみたいなロボットを作りたい。

そして、色々な人をつないでいくんだ。

 

「ユキ、私も大好きだよ。」

 

そう言って、明日という日を楽しみにしながら、私はまぶたをゆっくり閉じた。

 



おしまい

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童話作家に憧れ、なりたいと願っているおばさんです。TOP VIEWでは、【嫌われ者・役立たず それ ほんと?】シリーズや自作の童話や詩を載せています。詩集をKindle出版しようかと考えていましたが、TOP VIEWに載せた方が稼げるかもと思い、載せることにしました。感想をいただけましたら、とっても嬉しいです!宜しくお願いいたします。

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